うつ病と社交不安障害になった私、寛解への長い寄り道記録

うつ病10年目、毎日、寛解にむけての紆余曲折の記録です。酷いネガティブな投稿もあるかもしれませんが、それを含めて記録していきたいです。繰返し同じような投稿をするかも知れません。その時思っていることを書いているので、ご了承ください。【注意点】ツイッターの延長線上で書いています。ご了承ください。

最近よく思う事

・・・。

自分はなんなんだろう。

うつ病?うつ状態?さぼり?ずる?

・・・。

 

みんなが言う。自分の人生は自分のもの。他人と比較する必要はないと。

他人の気持ちを自分が変えることは容易ではないと。

色んな人の言葉を見る。

自分以外の世界では色んなことができていて、それぞれにストーリーがある。

もちろん、動物や花、無機物もそうだ。

自分は万能の神でもなんでもないから、自分の周りのこと以外に対して何もすることができない。自分の周りというのは、ブログを読んでいるあなたでもあるし、ツイッターで繋がっている同じ疾患を持つ人たち(個人的には仲間だと思っているが)を含む。

それ以外の事については、何もできないし、何かができるわけでもない。つまり何もするつもりもないとイコールになる。

なんか冷たい、身勝手な感じを受ける方もいると思うが、離れたところにいる誰かに間接的に何かができるとあまり思えない。

例えば寄付金。本当に大切な場所に使われているのだろうか。集まったお金を誰かが着服していないだろうか。

寄付した特定のグループ以外には何も届かない。

自分の周り以外は、それぞれの家族たちが助け合っていけばよいと思う。

国の決まりごとは国の代表がちゃんと筋を通して、話あいをしてお互いの発展の為に約束事を決めればいい。

私にできることは限られている。

 

特にテレビのニュースを見ていて、それが現実で起きたことであってもやはり人ごとなのである。バタフライ効果があるかもしれないが、それを感じることはできない。

段々ネガティブになってきた。

私には家族すら幸せにできていないのではないか、毎日毎日思う。

幸せの定義はなにかと言われれば、愛情だろうとは思う。もちろん家族にたいしてそれがあることは確実である。

しかし、どこかひっかかるものがある。40代になって、毎日自宅にいてブログを書き、ツイッターを見る。ゲームができないとイライラする。毎晩心の内側からの怒りのような感情が噴出してくるのを必死に耐えている。

 

よくわからなくなってきたので、書くのをやめようと思う。

ここまで読んでくださったあなた、ありがとうございました。