うつ病と社交不安障害になった私、寛解への長い寄り道記録

うつ病10年目、毎日、寛解にむけての紆余曲折の記録です。酷いネガティブな投稿もあるかもしれませんが、それを含めて記録していきたいです。繰返し同じような投稿をするかも知れません。その時思っていることを書いているので、ご了承ください。【注意点】ツイッターの延長線上で書いています。ご了承ください。

気持ちのやり場

何度か書いているけれども、元気が意欲がない時にどうしたらいいかわからない。

頭がフリーズする。実際は何かを考えているのだが、シミュレーションして、その考えを排除する。始めてもいないことを何もしないで、頭で否定する。

そしていつも通り夜になって口数が少なくなって後悔して、頭を抱えて眠らなければならない時間になってしまう。

私は何がしたいのか、以前書いたよう趣味ができないことで自分を責めているのか。

自分は頑張っているのか、うつ病に向き合えているのか、よくわからない。

通院して、なんとなく調子が良くないと告げて、クスリはそのままで帰路につく。

何か意味があるのだろうか。

自分の体をクスリ漬けにして痛めつけ、頭はいつもネガティヴ思考。

これでは先に進むことはできない。

希死念慮が頻繁におきても不思議ではない。

自分はいつから、こんなになってしまったのだろう。幸いにして周りの環境に恵まれているからそれにら甘えてグダグダしてるだけかも知れない。

両親も義父母も本心は自分に対してどんな感情を持っているかわからない。

だって、辛いところは極力みせていないから。

毎日、死に近づいている。

命は有限だ。晩年、自分は自分の生き方に悔いるのだろうか。それとも苦い思い出として残るだけなのか。

神様にしからわからない。

いや、自分にしからわからない。

なんでこんな風になってしまったのか、自分が弱かっただけなのか、上司に問題があったのか、もうどうでもいい。

今この瞬間は希死念慮でいっぱいだ。