うつ病と社交不安障害になった私、寛解への長い寄り道記録

うつ病10年目、毎日、寛解にむけての紆余曲折の記録です。酷いネガティブな投稿もあるかもしれませんが、それを含めて記録していきたいです。繰返し同じような投稿をするかも知れません。その時思っていることを書いているので、ご了承ください。【注意点】ツイッターの延長線上で書いています。ご了承ください。

相談

今日は、ある友達の誕生日だ。

少女時代のファンから繋がった仲間で、数度会ったこともある。

年齢は私の約半分。

かつて、心療内科のお世話になったことがあると言っていた。

その人にはオープンにしていたから、その人が辛い思いをしている時に、私にアドバイスを求めてくることが多々あった。

私が言ったことは、役にたったのかわからない。ただ強調したのは、辛い状態がなんらかの病名がつけば楽になるだろうという事だった。原因不明で辛いのが一番辛いと思ったから、逆に病名がつかなければ、それはそれなりの回避方法もあるかと思った。不安の薬を持ってるだけで安心できるから。繰り返しになるが、その人は、何かにすがりたい思いを強く持っていた。私は、病名がつくことによって、自分の状態を理解し、辛くなったらそこに頼ればいいといつも言っていた。

 

他の人からも相談を持ちかけられた。その人も学生だった。やはり不安で誰かに話をきいてもらいたかったんだと思う。

その人は、自分の顔が醜く感じる症状があるようだった。同じく病院にいく事を進めた。抵抗があったようだが、その後しばらく連絡はなかった。数ヶ月後にLineをしてみたら、すっかりよくなっていたとのこと。私のアドバイスが効いたのかよくわからなかったがとにかく良かった。

 

二人とも当時女子大学生、色々考えてしまうことも多かったのだろう。

そして、私の都合で、連絡手段を絶ってしまったので、今何をしているかはわからない。

二人とも元気に社会人生活を送れていることを望むばかりである。

 

そして、私はまだ、置き去りのままだ。