うつ病と社交不安障害になった私、寛解への長い寄り道記録

うつ病10年目、毎日、寛解にむけての紆余曲折の記録です。酷いネガティブな投稿もあるかもしれませんが、それを含めて記録していきたいです。繰返し同じような投稿をするかも知れません。その時思っていることを書いているので、ご了承ください。【注意点】ツイッターの延長線上で書いています。ご了承ください。

葛藤

朝書いたブログの記事を読み返していたら、嫌な引き出しを開けてしまいました。

 

※これから書く内容は、ツイッターでつながっている方を対象に書いています。
この内容は私の中での大きなエピソードであり、今の環境に照らし合わせるとどういう答えになるかわかりません。また、フォロワーさんからとても好意的な言葉を頂いております。

 

だからこその葛藤になります。

 

私は7年前、いまよりもっとたくさんの人たちとツイッターでつながっていました。

直接会ったことがある人はおらず、毎日毎朝、「おはようございます」をツイートしていました。
正確な数は忘れてしまいましたが、今の数倍だと思います。
(時間はいくらでもあったので)

 

私は当時アラサーでしたが、ツイッターでつながっていた中の人は大抵が学生さんでした。
うつ病をオープンにしていたかは覚えておらず、かつ躁状態であった可能性もあり、自分との年齢差を自覚することなく、変なテンションで狭いSNSでの生活を送っていました。

 

そしてその時がやってきました。

コンサートの日が。

 

集合場所は目立つ所にあり、すぐにそれらしき集団を見つけました。特別仲良く会話していた人には歓迎されましたが、そうでもない人の口から、「あの人、いつも朝の挨拶してくる人だよね」と聞こえてしまいました。
自分の中では親しくしていたと思っていたはずなのに、”挨拶の人”というレッテルを貼られ、それを大変ネガティブに感じました。

 

その後、朝の挨拶をすることが怖くなりました。特別仲良くしていた人以外の縁はどんどん遠くなりました。

 

そして、ある日の事件をきっかけにして、その特別仲良くしていたメンバーの大多数とも決別することになりました。
(私には、何かコミュニケーション上の無意識な問題があるのかもしれません)

 

私はなんなんだろう。気味が悪いと思われているのだろうか、嫌われているのだろうか・・・どんどんどんどん深みにはまっていきました。
そして、ツイッターのアカウントを消しました。

 

(facebookで交流していた人達は、ツイッター事件以降に知り合った人達で、年齢層もほぼ同じでした。ここではうつ病をオープンにしました。なんの問題もありませんでした。)

 

今、実は毎朝挨拶をするたびに、TODOアプリに挨拶したひとのチェックを入れています。理由は、2重に挨拶するのが怖かったからです。そして、そのリストはどんどん増えています。

 

朝の挨拶をとても好意的に思っていてくださる方がいます。
もしかしたら、実は鬱陶しいと思っている方がいるかもしれません。
皆さん大人ですから、無下にはできないでしょう。
私の思考はどんどんネガティブになってきています。
もしかすると、この記事を読んだ方が、「そんなに悩んでいるなら無理しなくていいですよ」と言ってくださるでしょう。
私はみなさんと同じように苦しみ、楽しさを大切にし、少しずつ前に進んでいます(寝ていることしかできない方も同じです。寝ていることが前進なのですから)。
しかし、同じ境遇とはいえ、やはり、辛さの感じからは人それぞれです。

 

TODOの件は気持ち悪いと思われるかもしれません。
粘着質と思われるかもしれません。
突然挨拶されて驚いている方もいるかもしれません。

 

正直、私はどうしたらいいかわかりません。

 

特定の人だけに挨拶を繰り返すことが正しいのか、やさしいことなのかわかりません。ただただ思うのは、昔のようにレッテルを貼られるぐらいなら、この場から退場したほうがまだ気が楽かもしれないと(少しだけ)思ってしまいます。

 

ある日、突然朝の挨拶が止まるかもしれません。ただしそれは、みなさんに否があるわけではなく、自分のエゴにより止めたということになります。
私は一体何者なのかわからなくなりました。

 

大変長くなりましたが、ここまで見て頂いたみなさまにこの思いが届けば幸いです。