うつ病と社交不安障害になった私、寛解への長い寄り道記録

うつ病10年目、毎日、寛解にむけての紆余曲折の記録です。酷いネガティブな投稿もあるかもしれませんが、それを含めて記録していきたいです。繰返し同じような投稿をするかも知れません。その時思っていることを書いているので、ご了承ください。【注意点】ツイッターの延長線上で書いています。ご了承ください。

ダカイ

以下の全ての文字内容は、個人の妄想です。

 

 

現状、何年も働いていないし、他人と話をすることはほとんどない。

 

ただし、それを打開する為の私なりの感情はわかっているつもりだ。

 

期待しないこと。

 

過去のプライド、周りの目、不安な気持ち、色々ある邪魔なものは、期待しないことで解決できると思っている。

 

ただ、完璧主義と期待しないことは、私の中で相反するものだと認識しているので、間に何かを挟む必要がある。

それは、受け入れる  という感情になる

 

この受け入れるという感情に動作を結びつけられは、連鎖しきに膨れ上がった風船は小さくなり、どこにでもいけるようになる。

 

ツイッター上のお仲間さん達との交流がなければ、まだ考えたフリをしていただろう。

 

それまでは、寛解への階段の最後の透明な一段を見定める為に、降りて見たり見上げてみたりしていた。

 

何が見えそうな気がする。

もう少し時間をください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、あるきスマホは禁止だよ。