うつ病と社交不安障害になった私、寛解への長い寄り道記録

うつ病10年目、毎日、寛解にむけての紆余曲折の記録です。酷いネガティブな投稿もあるかもしれませんが、それを含めて記録していきたいです。繰返し同じような投稿をするかも知れません。その時思っていることを書いているので、ご了承ください。【注意点】ツイッターの延長線上で書いています。ご了承ください。

居場所

※昨日つぶやいたものを編集しています。

 

被害妄想のせいで、すぐに辞めたくなる。逃げたくなる。


前の居場所は、facebook上だったのだが、当事者以外の人が非公開グループに虚偽申請して入ってきて、自分のネガ投稿に噛み付いて、""もっと大変なやつはたくさんいるんだ、甘えてんじゃねーよ""とさんざん言われ、そのくせ、""彼女探してますとか""、意味のわからない出会い系まがいの人が何人もいた。

管理人さんは常駐できるわけもないので、負の連鎖のログがたくさん残った。

勇士の人が、完全部外者の人に意見を言って、返りうちにあってしまっていた事もあった。

 

いつからだか、みんなが他人の顔色を伺って発言しているのが見えてきてしまって、いても辛いだけだった。

禁止ワードも多かった。希死念慮やOD、自傷の写真や薬の名前すら。

なんだったのだろう、結局みんなが自爆していった。

そして、facebookのアカウントを消した。

 

でも、ここは違う。悲しみに包まれている人には声をかける人がいる、頑張っている人には応援する人がいる。

みんながみんな同じじゃないけど、それぞれの辛い部分の根幹は同じはずで、みんなが、力を少しずつ蓄えていく。そんな場所を離れたくない。もう少ししがみついていたい。