うつ病と社交不安障害になった私、寛解への長い寄り道記録

うつ病10年目、毎日、寛解にむけての紆余曲折の記録です。酷いネガティブな投稿もあるかもしれませんが、それを含めて記録していきたいです。繰返し同じような投稿をするかも知れません。その時思っていることを書いているので、ご了承ください。【注意点】ツイッターの延長線上で書いています。ご了承ください。

ただの思い付きで書いているので、中身はありません。

私には2つだけ趣味があります。

 

1つは、テレビゲーム、小学生の時に、スーパーマリオに出会ってからの長いつきあいです。

( ゲームは大人がやるものではない、アホか?、と思われる方はページを閉じて下さいね。私から言わせれば、麻雀、パチンコ、競馬等々、全てゲームですから )

 

もう1つは、音楽を聴くことです。

小学生、中学生の時は、テレビの歌番組で人気の歌を聴いたり、アニメ、ゲームのサントラを聴いたり、邦楽でよく聴いていたのはB’zでした。( RISKYが超好きでした )

 

この趣味の中で先に変化したのが、音楽でした。

高校生になって、部活に入る入らないっていう4月の初旬、""ねえねえ、バンドでドラムやらない?500円の図書券あげるからさ〜メンバー揃わなくて困ってるんだよ〜""って。

私は図書券につられました。

 

ドラムを叩くなんてもちろんやったことはなかったけど、小さいころからピアノを習っていたので、リズム感には多少自信はありました。

彼らが演奏したかったのは、洋楽でかつ、ハードロック、ヘビーメタルでした。

なにそれ?美味しいの?みたいな。

""あぁ〜ヘビメタね。あのうるさいやつでしょ""っていったら、""わかってないなー、世界にはたくさんのバンドがあるんだよ。もちろん、アメリカやイギリスでヒットチャートの上位にいくバンドは多くないけど、一度はまれば、そのジャンルの世界中の音楽に触れられるんだよ、と。

その時はずいぶんと大げさだなと思ったが、実際、世界は広かった。

 

初級編で紹介されたのは、ボン・ジョヴィ(Bon Jovi)ガンズ・アンド・ローゼズ(Guns N' Roses)、あと、""このジャケットが真っ黒のアルバムはヘビーだけど聴きやすいよ""と渡してくれたのが、メタリカ (Metallica)のブラックアルバムとの出会いだった。

 

このアルバムが無ければ、ドラムを辞めて、洋楽を聴き続けることはなかったかもしれない。